BLOGスタッフブログ

BLOGStaff Blog

3

自分をそこへ導くのは正当で正確な努力と判断そして志

BLOG

秀直です

2か月弱のトリップから帰国の途につきました。
日本到着後は隔離があるために外での活動はもう少し先になりますが振り返ると思いが込み上げてきます。

世界で起きている現実は世界に出ないと分からない事の方が多いと実感している。
それは進み過ぎているテクノロジーの影響もあり幾通りもの理解や誤解が生じているからかもしれない。
コロナ、戦争、宗教その他細かいことを書けばキリがないが、日本という国が海に囲まれ良くも悪くも独自の凄まじい発展とその技術の高さゆえ世界から孤立してしまってるように感じてならない。
日本には日本人の基準値が出来上がってしまっていて、世界の基準に到底遅れている(遅れているのではなく強い独自性かもしれない)側面があることは否めない。
日本基準に合わないもしくは合わせることが難しいと感じる日本人は足早に国外へ生活の拠点を移している。
誰もが出来る選択ではないが、日本が住みにくさと幸福度の低さを証明しているようなものだ。

世界はこう進んでいる。

コスタリカでの通常は。
コスタリカに住んでいる、もしくはバケーションで滞在しているほとんどいや全ての外国人達はスペイン語と英語の2か国語が話せる。
もちろん子供も含めて。
日本人は珍しい存在でその印象を聞くと、嬉しいことも色々とあったが日本人のほとんどは外国語が話せないねというものだった。
世界はこれに気づいているのに、当の日本人がそれに気づいていないのではないかと心配になってしまった。
親しい友人家族は父親がフランス人、母親が日本人で3歳の娘がいる。

この娘は親の顔色を見てか感じてか両親それぞれの母国語で会話をし、現地人とはスペイン語で話すトリリンガルだ。
これが世界基準だと思わずにはいられなかった。

私ははどうなんだと言えば、幸い他人とのコミュニケーションを大切にしたい気持ちも強く何とか英語とスペイン語をしどろもどろながらに駆使している。

日本基準は世界基準ではない。
この部分を何とか国全体が気付かなければ大変なことになるような気がしてならない。

既に日本は色々な意味で飽和状態になっている環境も少なくない。
地球を歩いて世界を観て回る機会を作るのは自分次第だ。
求めるのも放棄するのもそしてそれを掴むのも。

見たことのない世界に少しでも興味が沸いたなら躊躇している暇はない。
行くべきだ!

お金では買えない本物の価値はその目でその肌で自分が感じるしかないではないか。
情報多寡の社会の中で正しいものはどれほどあるのだろう。
批判や間違った情報が先行しそれこそが正しいと思い込ませてしまう世の中で、判断するのは自分しかいない。

高い志を持ったなら間違うことはないはずだ。
今の自分の基準値を知ろう恐れずに。
そして周りをよく観察し、その高い志と同じ空気を纏っている人を見つけることをお勧めしたい。
その背中を追えば必ず正しい方向へ導いてくれるはずだ。

RELATED

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP